2015年12月23日水曜日

2015年12月15日火曜日

ギエム火照った頭で覚え書き

ギエムをみに前橋にいってきました。

気づいたら
身体が眼が舞台に吸い込まれていって
涙で目の前がかすんでました。

舞台そのものでこんな風になったのははじめてでした。作品のぜんぶがわたしの脳みそを超えた何かをゆさぶってきました。

終わって欲しくなかった。
でも終わっちゃった。
魅せるだけ見せて急に終わるなんて 
ずるい!




(帰りに痴漢にあったよ)

2015年12月7日月曜日

纏い、待つ/みなれたものをはじめてみるかのように

  他人と少し違うことの新しさではなく、アヴァンギャルドの新しさでもない、
  変わらないポエジーをふくんだ新鮮な服は可能だろうか。
  それが私たちのほんとうに憧れる新しさだ。
  堀畑裕之 関口真希子『言葉の服 - 歴史 -』より


新しいにこだわりがちなのに
なんかちがう気もして

真っ白さとは
ぴかぴかの白さじゃなくて
なんども丁寧にあらったような
あたたかい白さ


2015年10月29日木曜日

2015年8月16日日曜日

うずまき


わたしもたぶんぜんぜんピンときてなくて、
なんだか無神経なことを言ったりで

そのあとこの文章を読んで
考えたこと

皮膚が何かに(空気にさえ)ふれているだけで
息がつまりそうになって
それでも自分を保つためには
自分をたててくれる何かが必要で
ぜんぶ矛盾してんだけど、でもここにしかいられない、みたいな?

何かが溢れそうでうずうずずきずきしてるのにその自分を閉じ込める皮膚の壁は厚い

とりいそぎ、なんとなく、まで。

2015年7月6日月曜日

私はきっとずっと隙間にいて、 大学は心地よい隙間でした。

この間は卒業式におめでとうをここまで持ってきてくれてありがとう。

毎回自分が卒業するときなんにも感じなかったんだけど、(無味無臭無感)

みんなが見えて、これまでのありがとうぜんぶがわたしと周りの世界をぴったりくっつけてる、(わけてる?)皮膚のところに(こけたときに血の滴が出現するみたいに)みずみずしく出てきたよ。


卒業して、今は
たしかにあるけどまだみえないみないみせない隙間にあるはずのもの 
とたたかいたいなと思って、
お勉強しています。


またね、えりぽん

2015年5月6日水曜日

ななこへ

わたしはいま社会にいます。
今までもいたはずなんだけど、またちょっとちがう。みたい。

わたしもわたしで
ぼうきゃくじぶん?ぶじん?なのかもしれない

すこしあせって、空振り
こことか いまとか あなたとか すぐにきえてしまう


このあいだ、吉祥寺でみんなのところへいったのだけど
みんながんばっていたから
全然気づかれないまま、帰ってしまいました。

なんだかあいたいです。

えりさ