2014年12月14日日曜日

はながどっかいった。



最近ね、味がしないの


とにかく味がしない


匂いとか見えるものとか味とか


全部いっしょに思える
どれがどれかわからない


自分がわからなくなるときは
ひとのこともわからない



声もきこえなくなってる?





海空プロジェクトのとき
ななこが「感覚を失くしたくない」っていった台詞
反芻してる




こういうときもあるのかなあ

2014年10月24日金曜日

雲雀について

自分について話したか
自分について話した
決意について話したか
決意について話した
決意したか
繊細と論理とのあやふやな迷路の中で
どこまでも話しつづけることを
そしてなお話せるか
雲雀について


谷川俊太郎『雲雀について』


終わりなき終わりに到達しようとするときの不安感
うすっぺらい食パンをかじってこころを落ち着かせようとする
さわがしい食べ物たちに耳を塞ぎたくなる
昔から飛んできたクモの糸をとらえて
蜘蛛の巣をつくろうとおもう
これからも世界を捉えようと


2014年9月28日日曜日

たいせつなものがまたひとつ、ふたつ、とふえていく





世界はわたしがおもうより、全然広くて、

みんなみんなぜんぶを愛することができるのか、

不安になるときがあります



隣にいるひとにさえ素直になれないこんなちっぽけなじぶんが
くやしくてとてもかなしい



でもさいきん、やっとしずかになって、すこしづつみんなの音がきこえるみたい

やさしいきもちにもちょっとなれるよ




いろんなひとと、関わりながら、いきていくことを、もっとがんばれますように。

2014年8月8日金曜日

東京にかえってきたよ

ともだちが東京にきたの
子どもみたいな子
寝て 食べて 遊んで 人に会って(就活して)帰ったの




いろんな人にあって
メッセージもして
みんなに愛されてすごく忙しいのに
なんだか淋しいっていってた。

2014年7月16日水曜日

THE SERENITY PRAYER

                   O God, give us
                   serenity to accept what cannot be changed,
                    courage to change what should be changed,
                   and wisdom to distinguish the one from the other.


         
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

                                                                 
                                                            Reinhold Niebuhr


2014年7月12日土曜日

Umi





一年前と同じ場所に行く
今がすごく鮮明になる





センチメンタル
いつも夏になってしまうよ
ひとりになりたくてだれかにあいたくなる



2014年7月8日火曜日

言葉を身体と不安定なバランス



山崎広太さん
しっている?

2年前、舞台で彼の身体をみて
いまでもあの感覚思い出すとみぶるいする




おお、すごいギジュツ!テーマ!やりかた!
もあるけど


そうやって身体の感覚でいつまでも再生可能な
パフォーマンス は 語ってる身体がある 
というだけ 
ということ

 なきがする


それなしだったら
けっきょく言葉だけがのこる?
もしかしてなにものこらない?


わたしはそこにある身体に感動しにいきたい。
舞台上の身体が語って、客席の身体が共鳴する。
その感覚。

2014年6月23日月曜日

外は明るい 11時ころ。一番長い一日もはなにも変わりない一日だった。あたまのなかを出してみる。

真っ白なふとんと真っ白な天井のあいだに
今はさまっています

あと12時間後には
沢山の人のあいだで 空に 浮かんでいるの


ああ
からだがほてって
おなかがいっぱい

のうみそが私のからだの移動についていってないような

淋しいとか悲しいとかそんなんじゃなくて混乱というような

そしてわけもわかんないくらいのエネルギーが巡っているような


混乱を感じるからだを 
混乱をほどくことばを
包んでくれる白色



2014年5月24日土曜日


5月24日

多摩川にいます ひとり

夜7時

家はすぐそこ、なのに

どこにも行けないでいる また


今日
新しい靴を買った
その場でその新しい靴に履き直したの

それまで履いていた靴を
持ってないことに気づいた


渋谷のどこかに忘れてきてしまったみたいだ

  でもそれがどこだったか 全然思い出せないの

2014年5月21日水曜日

さがしつづけています。





「わたしが気持ちよく生きるということは
他の生命体も気持ちよく生きるということ」

につながっていると、わたしもおもいます。


あなたがハッピーじゃないのなら
わたしもハッピーじゃないよ、


でもわたしのハッピーがだれかにとってそうでないということもある

(わたしは雨がすき、そのうらでてるてるぼうずをにらんでいるひともいます)



 でも


わたしは誰かのために祈れるようになりたいよ


2014年5月19日月曜日

5月の真ん中らへん

友達が最近Facebookでカミングアウトしたの
自分はゲイですって。

友達が最近突然日本に帰ったの
お兄さんが亡くなったって。


土曜日はみんなとさよならパーティー
ソーラン節踊って
そのあとのパーティーで
4人としゃべって
日本にかえった子とスカイプしながら
すぐにねた
私はよっぱらって
シナモンロールをひたすら食べて
またねた

日曜日は二日酔い
花の冠かぶって 
輪になって踊った
隣の人のピクニックがなんだか淋しそうで分けたかったけど分けれなかった
自分のものがないとなにも分けれない
帰りに郊外によくある
集合住宅的な
集合庭をみた
マンションで庭がない人たち用だって。
湖のまわりを散歩して
ねた



2014年5月12日月曜日

うたう

スウェーデンのコーラスでうたったの。
わたしにとってことばは音のつらなりで

何について歌っているのかはわからない。けど
それはあんまり関係なくて、

からだとつながってる意味があった。よ
新しい歌新しい音新しい意味




新しい歌    フェデリコ・ガルシーア・ロルカ


昼過ぎが言う   影を飲みたい!
月は言う     飲みたいのは星の輝き
澄み切った泉は唇をもとめ
風が求めるのはため息

匂い 笑い 新しい歌
これがぼくの飲みたいものだ
月だとかユリの花だとか
死んだ愛などから自由な歌だ

あすともなれば一つの歌が
未来の静かな水面をゆさぶり
そのさざ波とぬかるみを
希望でふくらますだろう

光り輝いておちついて
思想に満ちた一つの歌
悲しみや苦しみやまぼろしに
まだよごれていない一つの歌

叙情的な肉体なしに
笑い声で静寂を満たす歌だ
未知のものへと放たれた
めくらのハトの一群だ

もろもろの物 もろもろの風
その中心にせまる歌だ
とこしえの心の喜びに
最後にはやすらう歌だ

2014年5月9日金曜日

うまれて、はじめて、ひとりで、遠くへ行った。


深夜バスで6時間
朝5時の仙台はまだ夜がすこし残っていた

せんだいメディアテーク
鷲田清一さんの話を聞いた
わたしの言葉は誰のために生まれているんだろう

食べるつもりだったけど
牛タンは家に買って帰ることにした
バスではすぐに寝た


水戸の繁華街の裏にあるホテルは
わたししか入れない小ささだったから
さみしくはならなかった

美術館のひとが
次くるときでいいからと
傘を貸してくれた


とうまさんが働いている農場で
生きるために生きるひとたちをみた
みんないのちをつくっていた
じぶんの手で


帰ったらお母さんが酔っぱらっておなかだしてリビングで寝てた
テレビはいつもつけっぱなし

わたしも隣りで一緒に眠った

2014年5月6日火曜日

森の中でかんがえたこと

フィンランドの森の中の
ふかふかの苔の上で
風と太陽で光る蜘蛛の巣をみた
まり子のこえをききながら

わたしのからだが世界を感じる事ができるなら
もうなにもいらないんじゃないかって思ってしまったよ。

でも 同時に
人間は世界のいろんな部分を手にしている
何かを創ることも美しい
その危ういバランス

を探すこと
について










2014年4月1日火曜日

tomei no tamago




弱い 弱いままでいること

ゆるし続けることができたらいいのに

ありのままを
引き受けるということのむずかしさ



壁と卵
http://blog.tatsuru.com/2009/02/18_1832.php


2014年3月31日月曜日

さよなら

この間スカイプして(プロジェクトで)
いろんな人がいて、それでその人たちが
卒業しているのをみる
大丈夫と思ってたけど
なんかすごい苦しい
気がする
遠いってこういうこと さよならいうのってこういうこと なのかなあ
でも
さよならにも希望を持てるって
そう信じてつくったプロジェクトだったから
自分に言い聞かせているの 今
さよならって
むつかしいなあ
きっと
時間かかるんだろうなあ
さみしいなあ人間っておもえば さみしい でも 希望的にみると  私は私じゃない人との断片でできてて、 だからずっといる? でもそれは頭でわかってるのになあ


もしかして克服しなくてもいいの
かも

2014年3月26日水曜日

すきなもの

このね、プロジェクトのために、すきなものを書いていたの。

「すき」ってなんだろうねえ
ほっとする ぽっとする
執着のような 物に対する物をとおして自分に対する

影がすき
光がすき
湖に映っているものがすき
中がかわいい団地の窓がすき
久しぶりにみる太陽がすき
おじいちゃんとおばあちゃんが湖のまわりを散歩しているのがすき
ゆっくりごはんをつくるのがすき
少しバカな事をするのがすき
誰かに伝えたい瞬間を見つけたときがすき
朝おきてお腹がすいているのがすき
夜中に模様替えをして次の朝おきてどこにいるかわからない感覚がすき
人にぴったりのカードを見つけたときがすき
湖の音をききながらぼーっとするのがすき
上からふってくる鳥のこえがすき
すこしかしこそうな事を考えるのがすき
風景をみて人を思い出すのがすき
手紙を書くのがすき
注意されるのがすき
がんばるのがすき
人とご飯を食べるのがすき
自分の先入観を取っ払らえる人にであうのがすき
玉ねぎのにおいがすき
人と笑うのがすき
チムタがすき!(チムタじゅせよ)
手で作るのがすき
踊るのがすき
歩くのがすき
人がしあわせそうなのをみるのがすき

すき=何々したい
みたい

人をすき=人をしたい ?
あれ? つまりどういうことだろう
すこし違うものなのかもしれないなあ。




2014年3月22日土曜日

20140321

ひとが生まれた日をお祝いするということは
とても素晴らしいことだなとおもった

だってすごく大切で特別な日なんだもん

ありがとう奈々子
本当にありがとう


AnserVideo
https://www.youtube.com/watch?v=HOr8xuKYWqg

2014年3月5日水曜日

Att älska, glömma och förlåta är livets tre prövninger.


このあいだ、
ひとは信じる対象ではなくて 愛するもの だと
私の尊敬する女のひとが教えてくれた

2014年1月24日金曜日

戦争と平和




体は重くて 心は軽くて
命の重さは どれくらいだろうね

海があふれて 陸地が消えて
地球 次第に 熱くなってるね

 ああ人間たちよ 元気でいるかい

 そうさ芸術家 
今だ科学者
         そして宗教家 何とかなるか

「神は死んだ」し 明日が見えないし
それでも私は 生き残っている

すべてを食いつくしたし 考えつくしたし
その手に希望は 残っているのかい

 ああ人間たちよ 元気でいるかい

 そうさ芸術家 
今だ科学者
         そして宗教家 誰かいないか


2014年1月22日水曜日

re:し ん じ る



お祈りするときはね
わたしの思いは身体から抜けていくの

見えないものがあると思うこと
おかしいとかきみがわるいと思われても仕方ないのかなあって思うこともあるよ(すこしかなしいけどね)

むずかしいことはよくわからないけど、

わたしが神様がいると信じるのは
神様がいてほしいからなのかもしれない

あ い だってみえないの
でもみんなほしがってる みんなもおかしいねー

じぶんのこと、誰かに信じて欲しいって思ったこと、ある?




2014年1月20日月曜日

し ん じ る

何を信じているかって
ことばでどうやって説明したら良いのか

そもそも 信じる ということば
使ってるけど

よく考えたら
わたしと離れている様な 私から本当に出てきたものじゃない様な
そんな気がしてる

信じるということば使わずに 
信じる人になる 
こと

意味不明かしら

ことばとからだがバラバラな感覚って ある?