2017年7月6日木曜日

さみしいんだから、どうするかについて

こうしたら喜ぶだろうなとかわかっているのに、その人に対してぞんざいな扱いをしてしまうことがある。
そんなことをしたあとは、うんざりしてしまったりする。


とくに、自分のことを一番にしたいと思う気持ちが強いくなると、
誰かと関わることが、億劫になってしまうということが多々ある
そしてそれはダメなことではないはずだと、最近思う。(もしかしてもうみんな知ってるの)


谷川俊太郎さんは、朗読がおわった後の飲み会でお昼のお弁当をもってきて、その箱の中のものをもぐもぐたべて、いも焼酎のロックをのんでた。


本当は会いたくないのに、仕事だから会って仕事の内容をすませる。そのあとその人とは何も言わずにさよならする。仲良くしすぎないけど、でも、大切に思っているよって、そんな人との関わり方ができるようになりたいな。それが自然とできたら素敵だなと思う。












2017年4月18日火曜日

そとがわとかじゃない話



そとがわを「武装」しているきぶんになったことはありますか。
はだしで転げ回った北海道から帰ってきて、
次の日街に出たとき、あ、お化粧しないと耳にイヤフォンをいれないと、穴から街が中に入ってくるって思ったの。
でもその次の日、絵本をつくっているときは、すっぴんであるいててもわたしが守られている感じがしました。
昨日部屋をととのえてるときも、です。

そとがわの武装でなにがおきてるのか武装したらどんなことができるのかどんな武装をどうやってしたいのかその武装をつきつめたらどこにいくのかもじょもじょもじょ。考えることはたくさんあります。わたしはどうももぞもぞしているところからかたちをつくるというつくりかたが得意(前田司郎さんや戌井さんの文章はだから懐かしい気持ちになるのかも)で、つまりまっすぐ歩くことがむつかしいのできっと回り道しながら見つけてつくっていくのだろうな(いけたらな)(いくぞ!)と思います。

あとね、お家とかお部屋でこんなにわたしがムクムク元気になるなんて知らなかったよ。






さ、そとにでる!ぞ!いってきます〜〜〜





2016年12月1日木曜日

わすれられないこと

な々子が昔書いていたこと

「ありのままはうつくしい
でも同時に
つくるということもうつくしい」
という言葉を何ども何どもかみしめている


2016年10月18日火曜日

2016年9月22日木曜日

2016年4月12日火曜日

さなえほんできたよ


細胞のぜんぶひさしぶりにつかった 
 っていってた

潤でつくりたかったから とてもうれしい

2016年4月3日日曜日


原題はMedianeras(共有壁、境界壁)
「人をつなぐ、と、同時に隔てるもの」

どんなにぎゅっと抱きしめても
溶けていかないからだ
薄まろうとも混ざろうとも消えてはくれないからだ


その事実とは反対に
ぎゅっとなる痛みは
わたしだけのもので
それはわたしでよかったとおもうとき