2014年5月9日金曜日

うまれて、はじめて、ひとりで、遠くへ行った。


深夜バスで6時間
朝5時の仙台はまだ夜がすこし残っていた

せんだいメディアテーク
鷲田清一さんの話を聞いた
わたしの言葉は誰のために生まれているんだろう

食べるつもりだったけど
牛タンは家に買って帰ることにした
バスではすぐに寝た


水戸の繁華街の裏にあるホテルは
わたししか入れない小ささだったから
さみしくはならなかった

美術館のひとが
次くるときでいいからと
傘を貸してくれた


とうまさんが働いている農場で
生きるために生きるひとたちをみた
みんないのちをつくっていた
じぶんの手で


帰ったらお母さんが酔っぱらっておなかだしてリビングで寝てた
テレビはいつもつけっぱなし

わたしも隣りで一緒に眠った

2014年5月6日火曜日

森の中でかんがえたこと

フィンランドの森の中の
ふかふかの苔の上で
風と太陽で光る蜘蛛の巣をみた
まり子のこえをききながら

わたしのからだが世界を感じる事ができるなら
もうなにもいらないんじゃないかって思ってしまったよ。

でも 同時に
人間は世界のいろんな部分を手にしている
何かを創ることも美しい
その危ういバランス

を探すこと
について










2014年4月1日火曜日

tomei no tamago




弱い 弱いままでいること

ゆるし続けることができたらいいのに

ありのままを
引き受けるということのむずかしさ



壁と卵
http://blog.tatsuru.com/2009/02/18_1832.php


2014年3月31日月曜日

さよなら

この間スカイプして(プロジェクトで)
いろんな人がいて、それでその人たちが
卒業しているのをみる
大丈夫と思ってたけど
なんかすごい苦しい
気がする
遠いってこういうこと さよならいうのってこういうこと なのかなあ
でも
さよならにも希望を持てるって
そう信じてつくったプロジェクトだったから
自分に言い聞かせているの 今
さよならって
むつかしいなあ
きっと
時間かかるんだろうなあ
さみしいなあ人間っておもえば さみしい でも 希望的にみると  私は私じゃない人との断片でできてて、 だからずっといる? でもそれは頭でわかってるのになあ


もしかして克服しなくてもいいの
かも

2014年3月26日水曜日

すきなもの

このね、プロジェクトのために、すきなものを書いていたの。

「すき」ってなんだろうねえ
ほっとする ぽっとする
執着のような 物に対する物をとおして自分に対する

影がすき
光がすき
湖に映っているものがすき
中がかわいい団地の窓がすき
久しぶりにみる太陽がすき
おじいちゃんとおばあちゃんが湖のまわりを散歩しているのがすき
ゆっくりごはんをつくるのがすき
少しバカな事をするのがすき
誰かに伝えたい瞬間を見つけたときがすき
朝おきてお腹がすいているのがすき
夜中に模様替えをして次の朝おきてどこにいるかわからない感覚がすき
人にぴったりのカードを見つけたときがすき
湖の音をききながらぼーっとするのがすき
上からふってくる鳥のこえがすき
すこしかしこそうな事を考えるのがすき
風景をみて人を思い出すのがすき
手紙を書くのがすき
注意されるのがすき
がんばるのがすき
人とご飯を食べるのがすき
自分の先入観を取っ払らえる人にであうのがすき
玉ねぎのにおいがすき
人と笑うのがすき
チムタがすき!(チムタじゅせよ)
手で作るのがすき
踊るのがすき
歩くのがすき
人がしあわせそうなのをみるのがすき

すき=何々したい
みたい

人をすき=人をしたい ?
あれ? つまりどういうことだろう
すこし違うものなのかもしれないなあ。




2014年3月22日土曜日

20140321

ひとが生まれた日をお祝いするということは
とても素晴らしいことだなとおもった

だってすごく大切で特別な日なんだもん

ありがとう奈々子
本当にありがとう


AnserVideo
https://www.youtube.com/watch?v=HOr8xuKYWqg

2014年3月5日水曜日

Att älska, glömma och förlåta är livets tre prövninger.


このあいだ、
ひとは信じる対象ではなくて 愛するもの だと
私の尊敬する女のひとが教えてくれた